テツモグラはいつももがいてます

はてなダイアリー「鉄道旅行とは巡ること」からの移行ブログです。鉄道を含む交通機関関連がメインだけれど実際には雑多ネタ。

JR名松線「家城〜伊勢奥津」間、区間廃止へ。

急峻な地形で「またもや普通区間になる恐れ」、というよりも……

 台風18号の影響で一部区間の不通が続いている三重県のJR名松線(松阪−伊勢奥津(おきつ)駅、43.5キロ)について、JR東海は29日、不通区間(家城(いえき)−伊勢奥津駅、17.7キロ)を廃止し、バス輸送への切り替えを決定、地元自治体と協議を始めたことを明らかにした。JR東海発足後、同社が鉄道路線を廃止するのは初めて。

「JR東海:名松線・家城−伊勢奥津間を廃止へ」(「毎日.jp」2009年10月29日付記事より)

ちっ、行きそびれた。JR東海の旅客営業線で唯一、タブレット閉塞が残る路線だったんだがな……。
その辺はともかく、この名松線は山間を抜ける路線で、大雨の際よく運休になった。そして今度の台風18号では39箇所にわたって盛り土の流出や土砂流入が発生した、とニュースで聞いていた。「松阪〜家城」間は復旧したが「家城〜伊勢奥津」間が代行バスによる運行に変わり、しかし復旧作業が始まったという話が出なかったから、これはもしかして、と思った。そしたら案の定、部分廃線決定との一報を聞いた。でも代替バスが通るだろう県道15号久居美杉線も名松線にほぼ沿う形で通ってるんで、まさか代行バスまで「大雨」で運休しやしないかと今から心配になってくる。

まぁ、代替バスの件は正式に決定してないんでまだ触れない(この後で触れてるけどな)。それよりも「ここもかよ」と愕然とさせられる記述が、中日新聞及び毎日新聞の記事にあった。
ここも末端部は「閑散路線」だったのである。

年間収益約4000万、維持管理費約8億円……。

毎日新聞の記事では、記者会見の席上で中村満・鉄道事業本部長が、

  • 険しい地形のため速度制限や雨量規制が厳しいこと
  • 仮に復旧しても、台風18号以下の風水害で長期の運転規制が起きうること
  • 周辺道路が改良され、バスの方が安全で安定した輸送を行えること
  • 利用者の減少

などを挙げた、と伝えている。地形上の問題は地図上で見れば分かる。先程「JR名松線は山間を抜ける」と書いたが、特に家城駅より伊勢奥津駅までの間は左右から山がせり立つ地形で、カーブの多い「九十九折」みたいな区間になっている。これで思い出すは南海高野線だが、カーブ半径はともかく、カーブの多さは高野線並かそれ以上だと思う。だから復旧するにしても相当の費用と時間がかかるだろうとは思っていた。が、「バス転換」を決めた理由の一つに「利用者の減少」を挙げた、ってのは尋常ではない。実は中日新聞10月30日付記事にこんなことが載っていた。

 名松線の一日当たりの利用者数は700人。年間収益は約4000万円だが、約8億円の維持管理費が掛かっているという。今後の路線維持は「一定の需要がある限り旅客輸送に責任を持つ」(中村専務)との意思をみせた。

「台風被害でJR名松線一部廃止へ」(「中日新聞Webサイト」2009年10月30日付記事より)

よく「運賃収入100円を得るために必要な経費」の指数として「営業係数」が使われるけれど、名松線の2008年度における営業係数は一体いくつだったのか……。毎日新聞の記事では乗客数の変化が示されていた。

87年度には1日当たりの利用者は1670人だったが、08年度は同700人に減少。特に家城−伊勢奥津間は、87年度の同430人から同90人にまで減った。

JR東海名松線・家城−伊勢奥津間を廃止へ」(毎日.jp同記事より)

計算したら、名松線「家城〜伊勢奥津」間の2008年度における乗客数は87年度の20%強にまで落ち込んでいた。名松線全線での減少率(41.92%)よりも酷い。この名松線って、いつ部分廃線になってもおかしくなかったんだ。

それにしても、何で乗客が減ってしまったのか? 住民が名鉄蒲郡線のケースのようにマイカーへシフトしてしまったのか? いや、ここはそんな生易しい話じゃなかった。調べていくうちに、この津市美杉町、いや旧美杉村の人口自体が減っていたという事実に突き当たった。

名松線「家城〜伊勢奥津」間の利用者数が減ったのは、「利用しなくなった」こと以前に津市美杉町(旧美杉村)の人口が減っているから。

名松線「家城〜伊勢奥津」間はそのほとんどが津市美杉町を通っているが、この美杉町は実は旧美杉村である。そして旧美杉村時代、この村では人口減少が著しかった。それを示すデータが三重県公式サイトの「三重の統計 みえDataBox」に残っている。
まず平成15年分の人口動向データ(平成14年10月〜平成15年9月)を見てみると、調査時点での人口は6748人(最下位の旧大内山村*1は1543人)だが、人口減少率は2.16%と旧南島町*2の2.40%に続きワースト2であったことが分かる。単純に計算すると、調査時の1年間で145人もの住民が死亡や移転等の理由によりこの村から姿を消したということになる。人口「増減率」ワースト1の旧南島町が人口増減数でもワースト5にランクされていた*3ことから、旧美杉村の人口増減数は旧南島町に続くだろう数字であることは容易に想像がつく。そしてこの傾向は津市との合併の前年度に当たる平成17年(2005年)分の人口動向データでも確認することができる。このデータでは死亡や誕生による「自然動態」と転入・転出による「社会動態」の2つにデータが分けられているが、そのいずれにおいても旧美杉村の場合は「減少」を示していたのだ。統計データは以下のリンクよりダウンロード可能なので確認してほしい。
外部リンク:「三重の統計 みえDataBox」内「人口・世帯の動き」より、「データライブラリ(前月までのデータ)」

さらに、津市と合併した後もこの地域の人口は減り続けている。詳細は津市総務課が提供する「住民基本台帳世帯数及び人口」のうち、「地区別世帯数及び人口」のxls形式データをダウンロードすれば分かる。平成21年9月の公表データで美杉地域の基本台帳登録人口は5930人、平成19年9月の公表データでは6320人だったから、約2年間で390人もの人が美杉地域から姿を消したことになる。この数字は隣の白山地域*4(212人の減少)よりも大きい。

外部リンク:津市総務課のページより「人口(男女別)・世帯数」

そう、旧美杉町の人口は今も減り続けているのだ。人口が減り続けているということは、鉄道のみならず公共交通機関を利用する「だろう」人の総数も減る。そしてそれは当然実際の利用者数に現れてしまう。名松線「家城〜伊勢奥津」間の利用者数が名松線全体の利用者数よりも酷く落ち込んでいた理由は、「利用しなくなった」というよりも「沿線人口の落ち込み」によるものが大きい。沿線人口というパイが小さくなったら、そりゃあ名松線の利用者数も減るのは当たり前。

望むのは代行バスの運行本数と駅舎の更なる利用。

この名松線は一度同じように台風の被害で各所が寸断され、その後復旧されたと聞く。その時は地元自治体からの強い要望と、何よりも近くを通る道路の未整備が原因で「名松線を復旧させた方がいい」と結論付けられたそうだ。だが今回は状況が逆。道路の方が一応整備されていて、名松線は山間を通る単線のまま据え置かれている。そういう状況下でさらに「利用者数の減少」ときた。「リニア中央新幹線・命」なJR東海なんか、喜んで「部分廃止」を沿線自治体に持ちかけるに決まってる。これがその線区名の由来のように名張市まで繋がっていたら、部分廃止区間はもう少し短縮されていたか、もしかしたら復旧工事に入っていたかもしれない。ああ、なんだか本当にもったいない……。
まぁ、やっちまったものはどうしようもない。問題はこれからだ。まずはバスの運行本数の確保。バスによる輸送を続けるとは鉄道事業本部長が明言しているが、その本数が今と同じように上下合わせて15本体制で運行されるかどうか、それは現時点で保障されていない。本数が減ったらこの地域における交通の便は途端に悪くなるんで、それは絶対的要素だ。住民に対しては、自分たちが使う路線なんだから本数を確保するよう働きかけてほしい。
あともう一つある。それは2006年に新築した伊勢奥津駅の利用促進だ。幸いなことに、ここには津市八幡出張所が開設されている。せっかく新築したんだから、地域の人はこの駅舎を取り壊させることのないようしっかり利用して、将来的にはホームや線路も整備して「記念コーナー」とか駅舎内に作ってほしいなぁ。蒸気機関車時代の給水塔が残っているらしいけれど、保存のための改修費用という問題があるので、こればかりはよその地域の住民がとやかく言ってもどうしようもない。地域の人たちに任せるしかないわけで……。

ほんと、乗りに行っておけばよかった、と今更ながらにして悔やまれる。JR東海って名松線の「二度目の復活」って本当にしないのかな。リニア中央新幹線なんて一愛知県人として通さなくってもいいと思ってるんですけど。その建設費用を全部回せば名松線にトンネルなんかいくつでも掘れると思うんですけどねぇ。

*1:現・大紀町

*2:現・南伊勢町

*3:183人。ちなみにこの時のワースト1は伊勢市の625人。

*4:旧白山町