テツモグラはいつももがいてます

はてなダイアリー「鉄道旅行とは巡ること」からの移行ブログです。鉄道を含む交通機関関連がメインだけれど実際には雑多ネタ。

2日目は高野山。

難波から高野山

南海難波10:24(急行/高野山極楽橋)12:01極楽橋
極楽橋12:08(ケーブル/高野山)12:06高野山
高野山バス停12:19(南海りんかんバス奥の院)12:35奥の院
苅萱堂前12:35(りんかんバス/高野山駅)13:59千手院橋

2日目、10時出発。南海難波駅に到着し、駅名案内板を確認する。10時24分発が極楽橋まで直通することが分かった。確か2時間弱での到着なので、12時に極楽橋到着、かな?
定刻どおりの発車となった急行極楽橋行。6両編成で、後ろ2両は橋本で切り離す。だから、橋本から先に行く車両とそうでない車両の長さの違いが一目で分かった。
南海なんば駅といえば、ゴシック様式に近い年代物の駅舎兼デパートと方向・路線別にきっちり分けられたホーム・乗り場がその手の人には有名だが、私は「旧・新幹線タイプの行き先案内板」を挙げさせてもらう。パタパタと音を立てて回転する、例のアレが今も使われているのだ。
名古屋駅にあった案内板は名古屋市科学館に置かれ、今も子供達を新幹線改札口を通った「つもり」にさせている。名鉄金山駅のはどこに行ったのだろう? 近鉄名古屋駅にはまだ現役のまま残っているし、そしてここでも5本か6本同時に表示できるものが現在も使われている。近鉄沿線の駅でもまだ現役のものが多数あるし、南海沿線の駅にも残っている。
さて、岸里玉出駅を通過し、列車は堺の町も突き抜けて行く。南海千代田工場を過ぎ、右にカーブする線路は左から寄り添う近鉄長野線を引き連れて、そのまま河内長野駅に入っていく。ここからは各駅停車。とはいえ、列車切り離しのある橋本駅まで8駅しかない。列車はさらに山の方へと向かって行く。美加の台駅を過ぎるともう山の中を走っているような感じ。紀見峠からはさらに山の中へ向かう。紀見峠駅からは和歌山県橋本市に入るが、車窓に入ってくる高層マンションも家も、すべて台地を切り開いて立っているような感じだ。橋本駅に11時14分に到着。ここから4両編成になる。車内案内放送があり、ケーブルカー接続でケーブルカー高野山駅には12時13分到着とのこと。11時17分、橋本駅を発車。ここからは単線に変わる。


橋本駅を過ぎてしばらくは住宅や畑の中を過ぎて行くが、九度山駅からは山に張り付くようにカーブを、そしてアップダウンを繰り返す。速度が上がらない。
高野下駅は本当に急カーブの途中にあり、難波・橋本行2番線はそうでもないが、高野山行き1番線は車両とホームの間隔が連結器付近で最大約30センチも開く。連結器部分に設けた転落防止器も役に立たないだろう。同39分、2番線に急行難波行きが到着し、続いて扉が閉まり発車する。
ここからが本領発揮(?)。この先は全部急カーブと勾配の連続。線路の脇には「40パーミル(1000分の40)」を示す勾配票も見え、カーブでは車輪がレールを擦るあの「キキー」という音が車内に入り込む。12時01分、極楽橋駅到着。ケーブルカーに乗り換える。
ケーブルカーは5分ほどで急坂を登り高野山駅に到着した。こいつを撮りたくて高野山駅で待機。客が切れるのを待って設定を変えつつ撮影する。ところが長く居過ぎて12時19分発南海りんかんバス奥の院行きの発車時刻が来てしまった。走って乗り込む。12時35分、奥の院前停留所(終点)着。
ここからは奥の院まで歩く。

本日夏休みのため客多数、観光バス多数、マイカー多数。高野山

観光バスは冬以外はそう。
奥の院へは参道が整備されている。参道にはかの織田信長豊臣秀吉の公墓、徳川家康の次男、結城秀康の墓、紀州徳川藩主の供養墓もある。昔から高野山は代々の各藩藩主に大切にされ、武士としても敬う人々が多数だったと分かる。
ここからは一の橋方面へ歩いてもどった。苅萱堂バス停にて12時35分に高野山駅行きバスに乗車。12時39分、千手橋バス停下車。ここから歩いて壇上伽藍及び金剛峰寺本堂を目指す。
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